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10月1日(日)に東京都檜原村で、東京ヒルクライムHINOHARAステージ大会を開催しました。

本大会は2013年の東京国体のプレ・イベントして2012年に立ち上げたのが始まりです。なぜ、よくあるマラソンではなくてサイクルイベント なのかと云うと、檜原村が東京国体のロードレースの一部を担うことになったからです。

それで、そのコースとなった檜原街道と奥多摩周遊道路を使ったヒルクライムレースを開催しようということになったのです。 大会名は先輩大会OKUTAMAステージに因んで「東京ヒルクライムHINOHARAステージ」としました。因みに、国体ロードレースは八王子市を スタートしてあきる野市、檜原村を通り、奥多摩町の小河内ダム湖畔でゴールというルートでした。

それから早や7年が経ち、今ではそのHINOHARAステージに全国津々浦々から600人弱の自転車乗りが集う檜原村の一大イベントに成長しました。 国体を上手く利用して、自前の立派なイベントを作ってしまったという全国でも稀有な例と思います。

ソフト資産であるスポーツイベントは、 国体熱が冷めても、毎年開催されるものですから、今後ずっと継続的に地域の活性化に貢献できます。すでに具体的な経済効果も表れています。 それに維持費はゼロです。

今年、7年目にして、檜原村のイベントして、完全に定着したと感じました。それはコース脇で応援する村民の数が非常に増えたからです。 おそらく、コースに面した地域の村民の皆さん全員が応援されているのでは、と感じました。応援の皆さんは役場が用意した手旗を振って、 盛り上がっていました。おそらく、年間通して、檜原街道が最も華やかで騒がしい日ではないかと思います。

さて、レースの方は、今年も下元郷地区にある国体記念時計台からのスタートです。スタートは6:30ですが、5:30頃から自慢の自転車に 跨った自転車乗りたちが続々と集まってきます。昨年から選手と運営側の双方に負荷が大きかった朝の受付をなくしました。それによって、 今年のスタート会場はざわざわ感がなく、いたって静かでした。皆が、スタートに向けて自分の役割を淡々と役割をこなしていました。

さらに、今年はかつて経験したことがない程の良い天気でした。見事な秋晴れでした。過去6年の経験に加え、今年も坂本村長の下、 教育委員会が中心となり、全役場職員、消防団、病院、安全協会、体協、各自治会等々、村挙げての運営体制です。

そして、実際の専門的な競技運営は、今年も友人である輪千レーシングチーム、東京ヴェントス そして、我々KFCが担います。 スタート前から成功間違いなしと感じました。不安材料は何も感じなかったので、開会式での注意事項は何も話すことがなく、 ぜんぜん力が入らなかったくらいです。

6:30オンタイム、今年も村長の号砲で500人強の自転車乗りが25㎞先あるゴール地点風張峠(標高1145m)を目指して一斉にスタートして 行きました。左側1車線を使ったレースです。右側車線は緊急車両用に空けてあります。

檜原村の環境やロケーションから考えて、これくらいの参加人数が妥当と感じています。レースにはそれぞれに適正人数と云うのがあって、 それを超えると運営に支障が生じ、レースとしての魅力はなくなってしまうものです。

最初に風張峠のゴールラインを通過したのは岩島啓太選手(0:55:05/MIVRO)でした。2位は雨宮耕基選手(0:55:41/チームオルトレ)、 3位は宿谷英男選手(0:55:44/成木フェニックス)でした。女子優勝は榎本美帆選手(1:06:38/MIVRO)、2位は藤原理恵子選手(1:07:30/笹原サイクル)、 3位は今井敦子選手(1:15:52/チームフィンズ)でした。レースの模様は写真をご覧ください。

さて、今年もHINOHARAステージをもって、2017年度の東京ヒルクライムシリーズ全5戦のチャンピョンが決定しました。 男子は有村尚輝選手(自転車屋POP)です。過去のシリーズチャンピョンでは最年少の17歳です。将来が楽しみな選手です。 女子は吉村希美選手(MIVRO)です。吉村選手は昨年に続いて2連覇です。来年からの東京ヒルクライムシリーズ全戦において 参加費免除になります。また、今年もwiggleから冬用の長袖バイクジャージがプレゼントされます。

今年はYOUTUBE用に動画の撮影にも力を入れました。ドローンも導入して数か所で空撮も行いました。空撮があるのと無いのとでは、 動画の厚みが全然違います。そして、最後に小野口カメラマンのスチール写真を加え、BGMも入れて編集します。これらの作業は素人では 難しいものがあり、映像のプロ中屋さんが担ってくれます。

これらの動画をYOUTUBEにアップすることで、檜原村の村民の皆さんだけでなく、世界中の人に見てもらえる可能性が広がります。 これを機に将来何が起こるかわかりません。本当にすごい世の中になったものです。立上げ当初の7年前には想像すらできなかったことです。

スポーツイベントは生き物です。世の中の動向に対応して、少しずつ変化を加えていかねば、忘れ去られてしまうものです。 この7年間でHINOHARAステージも大きく進化したと感じています。

 

*レポート・写真・ビデオはKFCトライアスロンクラブ提供。